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「メンタリングマネジメント」~社労士を志した理由 陽編~

こんにちは、富山です。

前回のブログとの前後編。

社労士を志した理由について

書かせていただきます。



銀行員2年目の

支店長のパワハラ。

最後は

「お前は自●しそうだな(笑)」

とまで言われ我慢は限界。

〇国での共産党批判、

〇シアでのプ〇チン批判

に該当する様な行為、

人事部への告発をした私。

最終的に支店長は更迭。



支店に残った私の状況は

最悪でした・・・

半分くらいの人は私に

同情してくれましたが、

残りの半分には思いっきり

批判されていました・・・。

「あれ位で騒ぎやがって。」

「あんなのまだ良い方。」

「昔に比べればなんてことない。」

「私も言われてるよ?」


等々、直接言われたり、

陰口を言われたりという環境。



また仕事の方も外回りの営業から、

内部の事務に配置転換

されていました。



この状況下での私は、

完全に不貞腐れました(苦笑)

昼休みはたっぷり1時間取得し、
(ちなみに今までは15分位)

定時になればそそくさと帰る。

夕方の営業周りやチラシ配り、

休日の地域イベントへの

ボランティア参加は欠席。

懇親会や飲み会も全て欠席。

仕事でトラブルが起きれば、

「自分はミスしていない」と

主張する。




最初に助けようとしてくれた

リモコンの副支店長とも、

忠告を無視して

人事に告発したことや、

不倫自慢を散々聞かされたことで、

関係が悪化(苦笑)



「『自●』なんて言葉が

平気で職員に言えて、

しかもその環境が当たり前な

会社なんてこっちから願い下げだ。

こんなところにいたら、

人間がおかしくなる!」

と考えて反抗し、

自分からも完全に孤立する状況を

作ってしまっていました^^;



多分誰もがそう遠くないうちに

退職すると思っていたはずです。



しかし、1人だけ。

私を全力で助けようとしてくれた

人が現れました。



更迭された支店長に代わり、

新たに赴任してきた支店長です。

(わかりやすくするために、

更迭された支店長をP支店長、

新任の支店長をK支店長と

以下表記します。)



K支店長は当時、

全店で一番若い支店長で、

2店舗目の支店長として

赴任してこられました。



私は正直、

「もういいよ、

ほっといてくれ・・・」

という感じでしたが、

このK支店長は一言で

わかりやすく言うと、

松岡修造氏の様な人でした。



恩人に対して失礼な言い方ですが、

本当にしつこかったです。


何しろ初めて会った時、

既に話が伝わっていたようで、

いきなり私の両肩を掴むと、

「あなたが働きやすい

職場を作るのが僕の仕事です!

任せてください!」

と言われました(笑)

松岡修造氏風…(笑)


支店長の仕事が忙しい中で、

ほぼ毎日の様に1対1で話す

時間を作ってくれました。



そしてその内容が、

福島正伸 先生の

「メンタリングマネジメント」


でした。

内容については割愛しますが、

経営者やコンサルタントの間では

有名な先生で、

自立型人間、メンターを育成

するためのセミナー開催や、

書籍執筆を行っている方です。

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前回のブログで少し、

クーデターで銀行の経営トップが

変わったとお話ししましたが、

その中で、職員全員に

この福島先生の講義受講が

計画されていました。



最終的に私も直接受講しましたが、

当時はまず、支店長全員に受講させ、

反応を見ている段階でした。

毎週のように本店に通い

セミナーを受けたK支店長は、

その内容をそのまま私に

個人講義をするように

しつこく励まし続けてくれました。



「ピンチはチャンス」

(K支店長)
「あなたは辞めようとしていた。

でもこうしてまだ

私の下で働いている。

それだけで大きな

チャンスじゃないか!」



「夢を持って働きなさい」

(K支店長)
「あなたは若くして

パワハラにあい

誰よりもつらさが

わかっている。

だったら今度はあなたが

助けられる人間に

なればいいじゃないか!」



このような内容をほぼ毎日、

松岡修造氏の熱量で

“しつこく”言われ続けました。



そうした日々を過ごしていると、

確かにそれができれば本望だ。

残った意味もある。

でもどうすればいい?

考えた結果、

「人事部で働きたい!」

という願望を持ちました。

ハラスメントの起きない

環境づくり。

早期発見と環境改善。

予防のための研修。

「誰もが働きやすい職場づくり」

に貢献したいと考えました。



しかし、当時まだ3年目の若手です。

そんな簡単に希望は通りません。

だったら何か力をつけるしかない!

ということで思い立ったのが、

人事労務の専門家、

社会保険労務士でした。



資格を持っていることを

アピールすれば、

人事部への道も

開けるのではないか?



調べてみると当時、

母校の明治大学と

資格学校のTACが組んで、

学内で社会人向けの

圧縮講座が開催されていました。

週2での通学になります。

一度ガイダンスに出席し、

受講を決めました。



そのことをK支店長にも

伝えました。

(K支店長)
「やったじゃないか!

夢を見つけたじゃないか!

よし分かった!

その講義がある日は、

誰が何と言おうと俺が

残業させない!

行ってきなさい!

夢を叶えてきなさい!」



こうして私の受験勉強が

スタートしました。



しかし、K支店長の下で

1年ほど働いた頃。

私の異動の辞令が出ました。

実はこれもK支店長の

計らいでした。



「パソコンをはじめ

ITツール全般に長けている。」

「内部事務に精通している。」


と、私の評価を人事部に

挙げてくれていました。



それが人事部の目に留まり、

本部で企業として遅れていた、

銀行業務のIT化推進に

取り組むことになり、

本部の為替(振込)部門へ

異動が決まりました。


(K支店長)
「富山さん、これ

チャンスかもしれないよ!?」



その言葉の通りでした。



パワハラ告発で浮いていた支店から

新しい部署へ移動したことで、

関係はすべてリセットされました。



(異動先の上司)
「人事に『若くて内部事務知ってて

パソコンに強いの寄こしてくれ』と

依頼して、来たのがオマエだよ。」



請われていった場所で、

また、得意分野の仕事であったため、

仕事で大いに力を発揮する

ことができました。

異動して数か月後には

大きな仕事を任されるようになり、

管理職や役員の方々に混ざって

重要な書類や資料作りも

担当させてもらえました。



わずか1年ちょっとでしたが、

社会人として

不貞腐れていた私を復活させ、

夢を持つきっかけを与えてくれ、

力を発揮できる場所を与えてくれた、

K支店長。



私の人生の中の恩人の一人です。

最終的に銀行の人事部で

働く夢はかないませんでしたが、

この人がいなかったら、

社会保険労務士 富山直樹は

誕生しなかったでしょう。

K支店長こそ、

本当の自立型人間、

メンターだったと思います。

K支店長への感謝は、

これから社労士として

働いていくうえで、

忘れません。



富山 直樹


<編集後記>

私を助けてくれた

K支店長。

失礼ながら、

実は銀行内で、

滅茶滅茶評判の

悪い方でした^^;


「K支店長に助けられた。」

「恩人と思っている。」

と言うと、

知っている多くの方が

「はぁ????」

「オマエ、頭大丈夫か?」

というような

リアクション(笑)



本部でご一緒した

調査役が訳を教えてくれました。



「K支店長は昔、

すごいパワハラ系だった。

●●支店で、

私が副支店長。

K支店長も当時まだ


副支店長。

そして支店長が

あなたにパワハラをした、

P支店長だった。

当時はKさんが凄い

パワハラ気質で

P支店長が注意する


程だった・・・。

そのあと支店長になって

Kさんも色々反省した

のではないかな?

だから富山君を

助けてくれたんだと思うよ!」




知った時の気持ちは

ちょっと複雑でした・・・。

でも、助けてくれた事実と、

感謝の気持ちは変わりません。

K支店長、

私はまだあの時の夢、

追いかけ続けていますよ。

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「オマエは自●しそうだな(笑)」~社労士を志した理由 陰編~

こんにちは、富山です。

いきなりぶっ飛んだタイトル

出してきたなという

感じでしょうが(笑)



今回は私が社会保険労務士を

志した理由を

「陰編」、「陽編」の

2回にわたって

書かせていただきます。



一言で言ってしまえば、

銀行員時代の「パワハラ」でした。



ですが今、私が社労士として

信条としているのは

「誰もが働きやすい

職場づくりの実現」

であり、

これは従業員~社長まで、

全員にとって働きやすい

職場づくりです。



「従業員を助けたい!」

「悪徳管理職を糾弾したい!」

といった思いではないことは

先に書かせていただきます。




~~~およそ10年前~~~

銀行に就職して1年が

過ぎようとするころから

当時所属していた営業店での

支店長のパワハラが、

支店内で顕在化しました。



私だけが被害にあった

わけではなく、

・「明日から来るな!」

とみんなの前で書類を顔に

投げつけられた人。


・部下が当番を忘れたために、

呼び出された副支店長は

会議室でエアコンのリモコンを

投げつけられ、


副支店長自ら本部の管理部署へ

「すみません、私の不注意で

エアコンのリモコンを

壊してしまいました。」

と電話する始末・・・。



酷いなと思ってはいましたが、

魔の手は私にも。


新年度に際しての個別面談時に

「この支店の全員がオマエを

変な目で見ているんだぞ!

仕事していて違和感を


感じないのか?

今の若い連中は皆、


オマエたいなのか?

新人類か?」


と、いきなり怒鳴られ

面喰いました。

私も、

「すみません、

具体的に私のどの辺りが?」


と問い返すと即答!


「わからない!」


(今となっては滅茶苦茶

だと思いますが…(笑))


そしてしまいには


「仕事はできるけれど、

オマエは人間がよくない!

オマエが明治なんて

良い大学出ているから

いけないんだ!」


と言われ、終了しました。



後になって知ることですが、

当然「支店全員が…」というのは

支店長の勝手な話であり、

当時そんな冷ややかな目で

見られていた事実は

ありませんでした。


また、更に後になってから

知る話ですが、

この支店長は学歴コンプレックスが

相当あったらしく、

後々仕事で一緒になった

法政大学出身の先輩が

「俺も同じことその人に

言われた(笑)」

と教えてくれました。



しかし当時の私はというと

まだ23歳の社会人2年目。

1年間銀行に勤め、

支店長=絶対神

のような思想を

徹底的にすりこまれて

いました。


当然精神的には

かなり動揺しました。


その後も営業活動に出ると、

「ピンポン押してドアが開いたら

足突っ込め!

数字が取れるまで


ドア閉めさすな!」

と指示され、

当然そんな法に触れるような

行為ができるわけもなく、

やらないで支店に戻ると

「お前この仕事向いてない」

と罵倒される日々が続きました。



この間、私なりに色々な人に

相談しました。

<同期の友人たち>

「ミスやらかして怒られることは

当然あるけれど、

そんな人格否定の様な叱責

はない…

それは嫌だね…」



<ゼミのOB会>

「明治でダメとか

どんなアホ会社だよ(苦笑)

俺ら全員ダメじゃん。」


と、同情はしてくれましたが、

あまりにぶっ飛んだ

内容だったので、

解決策は見つからず…



そのような中で、

一筋の光を見せてくれたのが

エアコンのリモコンを

投げつけられた副支店長でした!

「俺もあの人きつい・・・

何人もの支店長の下で

働いたけれど、

あんな人初めて・・・

何かあったら事起こす前に

俺に相談しろ!

お互い頑張ろう!」



と、同じ職場に仲間がいることに

安心感を覚えました。



しかし支店長の状況は

改善せず・・・

私もどんどん気持ちが落ち込み

体調も徐々に崩し、

胃痛や頭痛で病院にも通いました。

そうすると今度は

「オマエがこれしきで

へこたれる人間だということは

人事部に報告済みだ!

もう人事部のブラックリスト

に載っているから、

将来はないと思え!」


(※後々この「ブラックリスト」も

 虚偽であったことが発覚。)



「オマエは生きていて

疲れそうだな(笑)」


「オマエは今にも

自●しそうだな(笑)」



※一応伏字にしましたが、

 自ら命を絶つ行為のことです。


ここまで言われて、

なぜ私が行動しなかったのか?

それは、先にも書いたよう

支店長=絶対神のような教育を

受けており、

支店長に逆らうような行為は

例えるなら、

某国で共産党批判をしたり、

ウクライナを攻める某国で

大統領批判をするような行為


と教えられていたのです。



ですが、

「人として正しいか?」

という自分の中の感情

との軋轢に相当悩みました。



また同時期に銀行のトップが

クーデターで交代し、

「人にやさしい金融機関」

というスローガンを

打ち出していました。

「だったら職員は

人ではないのかよ?」




そのような中で

支店の噂が本部に届いたようで、

人事部の担当官が検査・面接を

しに来る機会がありました。




前夜、私はリモコンの副支店長に

電話を掛けました。

言われた通りことを起こす前に、

相談するためです。

(私)
「もう我慢の限界です。

明日私は人事に全てを話します。」


(副支店長)
「君の将来のためにならない。

我慢しろ!」


(私)
「でも私は、自●しそうとまで

言われているのですよ?

それでも我慢しなければ

ならないのですか?」


(副支店長)
「・・・ごめん、

俺はもう何も言えぬ。」



信頼していましたが、

最後の砦も失った心地でした。

おそらく副支店長も

「人として正しくない」

ということは

わかっていたはずです。

しかし、銀行の人間でした。



私は翌日、人事部の担当官に

全てを話しました。



およそ1か月後。

問題の支店長が

事実上、更迭される形で

異動になりました。



私が告発した事実も、

その支店長の耳に入ったようで

「あなたのことが

嫌いだったんじゃない

あなたがこんな事になるなんて

思わなかったんですよ・・・

あなたは頭が良いし、

仕事も早い。

支店長くらいすんなりなって

将来は役員になると


思ったんですよ。

だからしっかり


育てたかったんですよ。」


と半ベソをかいて私の前から

いなくなりました。

最後までお詫びの言葉はなく…



そして私以外にも

告発した人がおり、

その人も異動になりました。



ですが、そのまま支店に

残った私は針の筵に…



腐っても支店長。

支店での権限は絶対です。

その支店長に取り入って

出世を目論んでいた

人達
からしたら、

私は完全に

余計なことをしてくれた輩

になってしまったわけです。

(本人にも聞こえる)陰口や

嫌がらせも、

出世を目論んでいた

職員たちから受けるように

なってしまい、

ある意味では、

リモコンの副支店長の

忠告通りになってしまいました。



さて、このような状況の中、

なぜ私がその後10年目まで

銀行にいることができたのか?

それは後編「陽編」で

書かせていただくこととし、

本日の「陰編」はここまで。



最後までお読みいただき、

ありがとうございました。



富山 直樹



<編集後記>

今回の編集後記は

問題整理です。



上記の私の受けた件は

明らかに支店長の暴走ですが、

一般企業に置き換えてみたら

どうでしょう?

おそらく「課長の暴走」

といったレベルだと思います。



確かに支店長という

支店のトップではありますが、

企業全体で見たら、

営業部に管轄される支店。

その100近くある支部(支店)の

1つに過ぎないわけです。



支店では支店長がトップですが、

企業全体で見ればさらにその上が、

副部長、部長と続くわけです。



つまり中間管理職の

暴走を企業が止められなかった。

ということになります。



実は社労士として経営者と会うと、

ハラスメント気質を持つ

部下のことを

相談されることが

たびたびあります・・・。



そのような場合の対策検討や、

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